Doom And Gloom

日々の思うところや備忘録代わりのメモをここに。書いている人の事はカテゴリProfileをどうぞ。

カテゴリ: Think

 なんか友人の通訳さんと昼飯食ったら何かテンションがあがったらしく、昨日購入したそうな。家に帰るとau版iPhone 4Sをいじって「ぐぬぬ」している妻がいた。なんかメールの運用方法を悩んでいるようであった。結局me.comとかi.softbank.jpを使う事無く、gmailをメインにする事に。ま、普段俺がgmail使っているのを見てた影響かもしれん。PCとiphoneでシームレスに使うにはgmail良いと思うんだよね。

 ってなわけで、ガラケーからスマホへ、今後は妻もインフラ的にはネットワークに接続された人になる訳で、仕事や遊びのスタイルが変わったりもするのかもね。開発者としてこの業界の末席にいる人間として、今後妻のどう変わるのかが大変興味深い。

 例年やってる「今年の漢字」だけど、今年は『絆』だそうで。このうさんくささ、たまらない。いや、震災後ずっとそんな感じになってるけど、俺的にはあり得ん。だったら『災』の方があってるだろ。なんで無理に前向きにするの?馬鹿なの?死者を悼む気持ちないの?死者はもういなかったことにするの?と思ってしまった。で、俺としてはやはり『喪』かな。喪失の『喪』で喪に服すの『喪』。東浩紀氏が「思想地図」で「震災からの復興には"沈うつな時間"も必要」と書いていたように、まず私たちが喪った物に目を向けようよ。

 この東氏の話なんだけど、実は俺も震災直後に同じようなことを思っていた。それはあの3月下旬とかのちょっとなんか被害の全容が分かってきたような時期のことで、津波で何もかも消えた東北の港町の風景をテレビで見ていた時。それを思い出しながら街を歩いていた時。正確にはその瞬間までは覚えていないんだけど、そのとある時に、昔辻仁成がやってたバンド『エコーズ』の"Shout"って曲の歌詞にあった「落ち込むときには落ち込まないと、立ち直ってばかりじゃ成長しない」というフレーズを思い出したのだ。このフレーズは初めて聞いた中高生の頃からなんだか気に入っていて、1990年頃の曲なのにまだ覚えてる。

 で、この感覚は結構大事だと思っていて、震災の被害は被害として残された人間は日々を生きていかなきゃいけないわけで、切り替えなきゃいけないのは分かる。それ自体は至極もっともなんだけど、でも、その前にいったんちゃんと落ち込んで、喪失感をきちんと刻み込んで、そこから再起動しようよと。いや、「もう既に震災で俺らは落ち込んでるんだよ」という被災地の方々の気持ちも分かるけど、正直なところ東京に住む俺らは地震があった金曜日から週末はさんで月曜日には電車に揺られて定時で仕事をしていた訳で落ち込んでる時間が無かった。それも変に落ち込みすぎるのが防げてよかったって考えがあるのも分かる。

分かってて、でも、それでも。

・・・しかし世間じゃ春からもう「頑張ろう日本」なんつって復興だー、とかやっているわけです。それを見ながら俺はずっと「まずはきちんと立ち止まって喪ったもの、これから喪うものに思いを致す。そういうのがいるんじゃねーの」と思っていたのだ。で、とどめは「絆」ですよ。ばかじゃねーの。マジで頭が沸いてるに違いない。マジでこんなんだったらゴルフの石川遼が言った「波」の方がマシだろって。ちなみに阪神淡路大震災があった1995年は「震」だった。1995年は地下鉄サリン事件があったりもした年だから、地震だけじゃないんだろうけど。でも、どうしても「でもさ」と言わせて欲しい。

という訳で長々書いていたのは先日深夜に震災時の映像/写真を見て泣いた後に「今年の漢字は『絆』です」というニュースを聞いて一人で切れていたからです。気分を害した方ごめんなさい。


今年の漢字を発表してるところ=>財団法人 日本漢字能力検定協会
エコーズ
※「シャウト」は最後のアルバム『EGGS』の10曲目に収録。でも今はもう買えないかも。

 ちょっと贅沢なのは分かるんだが、本を読んだり考え事するためだけにホテルに一泊とかしたいかもしれない。別に高級じゃなくていいから、探してみようかなあ。

と思ってうにゃうにゃ検索してみたが、よく考えたらホテルじゃなくていいのかもしれないな。静かな個室が一日使えれば。そういう場所無いかな?なんかありそうなんだけど。

〜 ここでいろいろ検索する 〜

 そうか、こういう時のために原宿のThe Terminalみたいな場所があるんだな。ちょっとシャチョーと話をして、こういうとこで仕事する日を作る許可でももらおうかな。理由はまあ集中ってのと刺激だろうな。刺激がね、足らなくて試行錯誤中なのだ。自分の感性(感受性)が鈍ってきちゃっているんだろうから、新しい何かを常に意識しておかないとマジで使えないおっさんになっちゃうよな、と。
 それにこういうところは平日じゃなくて休日に集中して何か勉強したいときにも使えそうだし。「今日は◎◎の本を読むぜ!」って時にはここに行ってきっちり読むとかね。うむ。一度やってみっかな。

THE TERMINAL

 先々週の土曜日に『ゼロ年代の想像力』を読み終えて、取り急ぎこんなツイートをしといた。

2011/11/05 14:58:52
『ゼロ年代の想像力』文庫版本編を読み終えた。すげー面白い。そしてここ数年、自分が何に違和感というか、悩み的なものを感じていたかがわかった。文庫で追加された部分を読むのが楽しみだ。文庫にしちゃ高いが、中身を考えりゃ超お得。


で、この「違和感」について。私がここ数年、例えば何かに悩んでいる人と会話をする時、「AとBどちらの選択肢を取るべきか」について両方に選択すべき確固たる根拠がない、一長一短な状況でどうしても選択できなくて悩んでいるという話を何回か聞いた。この時に私は「Aが◎◎でBが△△なら、とりあずの状況は■■なんだからもうAを選ぶしかないんじゃない?」という話の仕方をしていた。

この「限られた情報の中、時間内に選択肢を選び取る」という行動については、結構すぐに理解してもらえない事があったりするんだな。しかしこの考えは例えば『ゼロ年代の想像力』だけでなく、私の好きなマンガでいうと、『トライガン マキシマム』のニコラス・D・ウルフウッドの台詞でこういうのがある。
こないな時代やと人生は絶え間なく連続した問題集や
揃って複雑 選択肢は酷薄 加えて制限時間まである
一番最低なんは夢みたいな解法待って何ひとつ選ばない事や
オロオロしてる間に全部おじゃん 一人も救えへん

多分私の考えは基本コレ。あとは私は何かを選択した時に『自分で決めた』という事にしたい人なので、余計上記のような決断主義的な傾向がある。

 で、これはこれで最初は「まぁまぁだってもうアレとコレをやらんと行かんのだから今更他の選択肢なんか考えてる場合じゃないじゃん」と過ごしていたのだが、最近は「この先はないのかな?」と思っていて、そのヒントに本書がなったかなと。うまく人に言えないし、もちろん書くこともまだまだできないけど、もう2011年も終わろうとしているし、自分なりに考え実践したいぞ、と。


つーわけで(どんなわけだ......)今度は積ん読しちゃってた『リトル・ピープルの時代』を読まねーとな。

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)
クチコミを見る

 今月で結婚式4周年。という訳で毎年恒例になっている神楽坂アグネスホテル内のレストラン「La Colline」でのランチに行ってきた。結婚式の日から毎年この時期に行っているので何となく顔を覚えてもらっているのがうれしい。今年もおりえさんと2時間以上かけてゆっくりご飯を堪能した。今年はメインが大変よろしい感じで魚もヒラメ料理で柚子の香りが素晴らしいうまうまな一品だったし、肉も口に入れるととろける程に、というかフォークが触れると形が崩れるくらいにワインで煮込んだ牛肉とハッシュドポテトが最高にうまかった。メニュー全体としては

アミューズ:レバーペーストのテリーヌ的な物
前菜1  :帆立と野菜のサラダ的なもの
前菜2  :フォアグラ
魚料理  :ヒラメ
肉料理  :牛肉のワイン煮
デザート :洋風のぜんざい


 ワインも「魚と肉で一本ずつは飲めないけど、今年はボトルでワインを飲みたいのです。なんかないすか?」などとわがままを言ってみたら、きれいな赤ワインを勧めてくれた。がっつり赤!て感じじゃなくて飲みやすい味で大変美味しゅうございました。

てなわけでこの一年にお互い感謝しつつ来年もここでご飯を楽しめるように頑張ろうと思った土曜日だった。おしまい。

La Colline(アグネスホテルのサイト内のページ)

 防衛大臣の資質問題が昨日からTLで流れてけど、マネジメントする人間が業務そのものに精通している必要は無いと思うのだが、日本は「現場知ってる叩き上げ最高」とかいう人の方が多いのだろうか。特に大臣のような立場の人はいかにブレーンを整えるかで決まるんじゃないのかね。自分の無知を自覚してきちんと専門家を集めてチームが作れるか。また、そこで出てきた選択肢なり結論について自分の責任として判断できるか。そこが上の人のポイントなんじゃなかろうか。

 私がこの騒動で問題だと思うのは、一川保夫防衛大臣が「安全保障は素人だが、これが本当のシビリアンコントロール(文民統制)だ」と言ってしまうことだ。これは防衛大臣云々じゃなくて政治家として誤解を招きやすいことを簡単に言い切っちゃうセンスの問題だと思う。防衛省のスタッフが気に入らないなら自分で専門家チームを作って評価させて判断すれば良いんだからそのくらい言えと。

というわけで下はWikipediaさんの文民統制(Wikipedia)欄の概要部分。
文民統制・シビリアンコントロール(Civilian Control Over the Military)とは民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制をいう。すなわち、主権者である国民が、選挙により選出された国民の代表を通じ、軍事に対して、最終的判断・決定権を持つ、という国家安全保障政策における民主主義の基本原則である[1]。 軍については、一般的に最高指揮官は首相・大統領とされるが、これは、あくまでも、軍に対する関係であって、シビリアン・コントロールの主体は、立法府(国会・議会)そして究極的には、国民である[2]。このため、欧米では、その本質をより的確に表現するPolitical Control(政治的統制)、あるいは、民主的統制・デモクラティックコントロール(Democratic Control Over the Military)という表現が使われることが、より一般化しつつある。


そうそう @obiekt_jp氏によればアメリカもそんなもんらしい。パネッタ国防長官も前職こそCIAだが、それまで諜報、外交、安全保障の経験は無かったらしい。それでもゲーツ前長官を引きついで国防長官やってるわけだしね。

時事ドットコム:一川防衛相、「素人だから文民統制」=自民幹部「即刻辞任を」

 元レッズで現ヴォルフスブルク所属の長谷部誠選手の本。べーはせ。なんか売れてるらしいっていうんでおりえさんが買ったのだが、この二日程で読んだ。予想外に面白かった。俺病んでんのか?

 それは置いといて、心を平穏にし、感謝を忘れず、自分を律していこうぜ、という内容。途中カーネギーや松下幸之助、本田宗一郎の本空の引用もあったり、良く読んでるねと思った。あとは、レッズ時代のこととか、胃液後のこととかサッカーネタがやっぱり多いので面白い。とりあえずは寝る前にぼんやりする時間を作ること位から始めますかね。

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣

 先日、日本エネルギー経済研究所が原発を今全部停止すると失業率あがるぜ、というデータを出してきた事に対して「幼稚な恫喝」というツイートを見かけた。私はそれに「いやでもそれも一つの現実でしょ」と書いたら「現実ではないです。よく調べましょう。」という返信をもらった。で、それについてよく調べてないが考えている事をつらつらとここに書いておくことにする。続きを読む

 タイトルに ! をつけても漢字じゃいまいちだな。でもひらがなで しゃちく! とかしてもさらに分け分かんないしな。さて、最近TL上で 社畜 なる言葉を見かけるのでございます。社畜、それは会社に飼われる畜産物のような人間の事でして、Wikipediaさんは下記のように書いてます。続きを読む

 6/30でおりえさんが今行ってる現場を退職(っていうのかな)した。派遣で4年、まぁ良く働いたよね。これからはイギリスで英語にひたひたと頭の先まで浸ってから、フリーランスの通訳になるそうだ。そういう訳で一区切りなので木曜日の夜はお疲れ様会。神楽坂のYEBISU BARとがちゃ屋にはしご。YEBISU BARは琥珀が飲めるし、料理もなんか量がお上品だぜ、と思わなくもないがなかなかうまし。きれいなお店だしよい。

 で、カパーっと一通り飲んだ後に「次行こうぜ次」ということでがちゃ屋に。本当は別の床以降と考えていたんだけど、区切りのいいときに行く店としてがちゃ屋は良いんじゃないかと思っておりえさんと移動。いつも通りのお店でマスターや常連の人と適当に会話しながら飲む。そうそう、途中でゆりかさんも参加した。

 そういうわけで8月からは彼女はフリーランスになる。なにがしかのサイクルができあがるまでは大変だろうけど、微力ながら支えていきたい。

 震災後、政権に対する風当たりはますます強まっていると思う訳だが、その中ですっごく気になってる事がある。それは「前回の総選挙でおれ○◎党に入れたもん。民主党なんかに入れてないもん」「民主党入れたヤツ反省しろよバカが」みたいな主張。まぁなんていうかこういう主張はよく2chなんかで見かけるようなものだけど、これには同意できない。

なんでか考えた

 多分だけど、こういう政治体制で選挙民たる僕らがやらなきゃならない事は「俺は◎●に入れたのに民主党にと表するような馬鹿は死ねばいいんだ。ばーかばーか」っていうんじゃなくて「おまいらも◎●に投票しる」って意見を広める事なんだろうと思う。

 今回震災後の上記のような空気と、都知事選で石原慎太郎がまんまと再選したのを目の当たりにして思ったのはそういうことだった。

 別に議会制民主主義制度下の社会って、ほおっておいて維持されるものじゃないんだよね。国民が不断の努力を行わなきゃいけないんだと思うんだ。それをさぼったらきっともう終わり。そういう意識が僕らには足りない。紺数末は統一地方選後半戦があるけど、これも「候補者いっぱいで分けわかんないから投票しない」とか言っている人は、もっとググルな履行法読む也自分から主体的に動いて意思決定するべきだ。それをしないのは選挙制度や政治が悪いのではなくてその人自身が怠惰なだけだ。みんな、いい年した大人なんだから。

 最近会社に新人君が入ってきた。かわいらしい女性で、開発担当ではないためにFileMaker的知識はまだまだながら、いろいろがんばっている。で、私のようなおっさんは「あーがんばってんねーかわいいねー」と思いつつ眺めている訳だけど、そういう事しているときに社内で「◎●さん頑張ってんね」「愛でたくなりますねw」などと話すことがある。

 こういった前置きがありながら、先日文化系トークラジオLifeのK-POPの回を聞いていたら「愛でる」というのは上からの発想だというようなトークがあった。全四回で公開されている内のPart3で速水健朗さんが日本語がなまっている外国人に対する日本人の受け取り方についてだったと思うのだが、「なんとか日本になじもうとしててエライ」的な目線あるよねという話だったと思う。この件の後、「そういえば『愛でる』て最近新人君のことを話すときに使ったな」と思い返してみた。確かにその言葉を私はかるーくネタとして使っていて、しかもその目線は「頑張れよ新人ちゃん」というある意味当然な先輩目線だ。この自分の目線とLifeで聞いたネタを重ねてみて、とりあえず今後は愛でるなどという事を後輩君たちに使うのは止めようと決めた。なんでかって、お互いプロとして会社にいるのに同僚に「かわいいのお」なんて言われて喜ぶやついないよねと。別に私の職業はアイドルでもないし、お互い技術で飯食ってる場所に立っているのにそれ以外で評価するとか、それはもう相手に失礼なんじゃないか。そりゃ経験値の差で例えば俺の方がうまくできる事もあるだろうけど、それで飯食ってるんだから「やーしょうがないよ」とかで済ませてる場合と違う。そういう感じ。

・・・こんな事言って別に新人さんは開発チームではないんだけどね。ま、それでもそのポジションなりにプロでいなきゃならん場所に立っている点で俺も彼女もかわらないよねと。

Life番外編「トモミ&ミチヨのK-POP in Japan」 Part3

 そろそろ俺も子宮頸癌の健診に行かなきゃイケナイんじゃないかと思う程の日々、皆さんいかがお過ごしでしょうか。あのCM、まぁいい加減見飽きたんですが、アレ見てて一番キツい目に遭うのは元嫁と娘が毎日テレビに出てくるをを見ている松方弘樹ですよね。

ま、それはいい。

 震災から一週間が経過したものの、原発の問題は相変わらず深刻。だけど東京以西の人が経済活動を自粛するとか、経済の停滞を加速させるだけで何一つ良い事が無いと思うのでアンチ自粛派。

 それといまんとこ自分たちにできる事は基本節電と募金程度だと思っているので、あとは極力今まで通りに生活して今まで通りもの/サービスを売ったり買ったりする事じゃないのかなと。そういうわけで12日の週末もこの週末もふっつーに酒をのんでた。で、みんなでちゃんと消費して税金払って経済を止めないようにして復興の一助にしようよ、と。もうほんと黙って金使おうぜ、みたいな。別に浪費しなくてもいいから自粛すんなと。今までと変わらずすごそうよ。

 それはそれとして確定申告を終えたので、還付を受けたらちっとは寄付しようと思う。

 私が初めて泊まりのサイクリングに出たのが仙台の自宅から閖上のサイクルスポーツセンターへのサイクリングだった。ロードマンみたいな自転車で友人と二人せっせと自転車をこいでお出かけをした。途中古墳なんかの横を通りつつだったと思うんだけど、初めて親の手を離れての旅。夜は波の音がちょっと怖いな、なんて思いながら寝たのを今でも覚えている。そしてそれから20年以上たって、実は両親が事前にどんなとこか調べてたとか聞いて「ありがたい」と思ったりした。

その場所がもう無い。

超個人的な話で、この大事の前にはどうでもいい話なんだけど、考えててなんだか泣きたい感じになってしまった。おやすみなさい。

 地震が起きた。マグニチュード8.8という日本の観測史上最大規模の地震だ。私は地震が起きた時間お客様のオフィスで作業中だったのだが、いつもと違いだんだん強くなってなかなか収まらない揺れに「これはマズイか?」と思いながらどこに逃げるかを考えていた。
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 金曜日はちょっと機会を得て都内某所のデータセンター見学会に参加した。職場を定時に出てでかけて21時頃までだったのだけれども、楽しかった。データセンターは仕事でお客様のサーバが設置されているところに入った事があって、今回はどうかと思って行ったんだが、やっぱりフロア全部にラックが並んでると圧迫感が半端無い。

 それと一番びっくりだったのが「暖かい」事。これはサーバラック2列を向かい合わせ  ][ ←こんな感じ にならべて、正面の部分飲み冷風を当てて、ラック背面からは暖かい空気を排出するという仕組みをしているため、部屋全体を冷やす必要が無いらしい。言葉では説明しづらいけど、見ると「あ、なるほどね」と思う仕組みだ。

 ほかにも電源設備をちょろっと見せてもらう事もできたし、作業者用の休憩所や仮眠室(使いたくない!)も見る事ができて、「やっぱり直接の仕事関係じゃない場って刺激になっていいよね」と再確認できた夜だった。

・・・と、ここまで書いて、刺激って大事だよなと思い至る。今の職場では得られない仕事的な刺激や、単純に知的好奇心を満たしてくれる刺激。そういうものに飢えていて、去年はいろいろ試してみた。例えばLifeを聴くのもそう。思想地図を読むのもそう。仕事が忙しいからといって頭の中を100%仕事だけにしちゃうともう人間終わりだなと思っている。成長しないし、マンネリ化しちゃうし、仕事に依存し過ぎだろと。仕事は好きだし面白いと思っているけど、それはあくまで自分の一部にしておかねばならない。じゃないと自分の内面がどんよりしたなんだかパッとしない感じになっちゃう。
 なので今年もLife現代ゼミナールやCodeIgniterConference2011など、仕事に関わろうがか関係なかろうが「お!?」と思ったとこには首を突っ込んで自分で刺激を与えたい。「なんか最近刺激が無いな〜」とか「なんかつまらんな〜」等とぶつぶつ言ったりくだらない愚痴を垂れ流して過ごしていたくないからね。

2011年が開幕。2010年とは違い新居で3人での新年だ。今年こそはいい年にしたい。いい年と言ったっていろいろあるけど、まずは読書。仕事関係なくいっぱい乱読していくぞー、と。2010年によかった事は、家を買った事以外には社会について考えるとっかかりを得られた事なのだけれど、これを読書をメインにして続けたいな、と思う。きっかけは去年ツイッターで東浩紀氏をフォローしたり、TBSラジオの『文化系トークラジオLife』をPodcastで見つけることができたりということだった。で、そこから最近ずっと思ってた「社会ってどうなってんだろ」というギモンというか問題意識みたいなもんがむくむくと出てきた。あとは高田馬場の芳林堂あたりで何冊か本を買い込んだりとか「コンテクチュアズ友の会」に入ってみたりとすすんできたので、今年もこのテーマを維持して本を読みたい。

仕事的には自分のやれることやりたいことを考え直すのが最初。これは早急に。で、その後それにむけてどうするか具体的なプランを作る。それに際しては自分を真ん中にして考えて、あまり安定とか考えないで、選んだ後に何かあっても「あそこで俺が自分で選んだんだからおk」と思える選択をしよう。

そういう訳で今年は私にとって非常に大事な一年なので、きっちりと拙速にならず、でも悩みすぎずにハッキリと決めていこう。

キツイことでも選んだことなら楽しんでいこう。


 Lifeの「クリスマス資本論」の回からなんだが、超久しぶりに洋服などをお買い物してきた。時期的にクリスマスであるので、めずらしくおりえさんとクリスマスプレゼントをおたがいにあげましょ、という事で新宿をうろうろしたわけだ。最終的にはおりえさんにはモッズコートをあげて、おれはジーンズその他服をもらった。本当はもうちょっと服を買いたいのでこの週末にでもまた待ちに出て買おうかな、と思う。そして服を買いに行って思うのは、服を買いに行かなくなるのはオッサンへの第一歩だよな、てのと、俺はいつまでマルイで買い物できるんかなーって事。実際は気持ちと体系だけだとは思うけど・・・。

 今年一番のヒットはPodcastで聞いているTBSラジオの月イチ番組「文化系トークラジオLife」なわけだけど、これのイベントが来月末に高輪区民センターホールで開催される。という事で早速チケットぴあで2枚チケットを購入。超たのしみだー

 猫は家にいない。今月頭に一週間にゃんこがうちにいた訳だが、諸般の事情により飼う事を断念した。大変残念だが理由はもうしょうがないものであるので納得。家族に猫アレルギーの飯能が出たからだ。猫を飼う、という事はつまり15年前後をこれからともにする訳で、無理してはいけない。知人には薬飲みながらでもねこを飼っている剛の者もいるけど、それはなんかちがうでしょ、というのが私の見解なのだ。なので、今回里親様にも大変申し訳ないけど、引き取るのを辞退させていただいた。

 でも一緒に過ごした一週間はほんとに楽しくて、これがずっと続いたら会社行くの嫌になっちゃうかもな〜、なんて思ったりした。楽しい夢を見させてもらえたという事で里親様、にゃんこ、家族に感謝。ありがとうございました。

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