この週末は仙台近辺にいた。メインは土曜日の閖上の現状を見に行くこと。朝レンタカーを借りて(日産NOTEだった)、おりえさんと二人揺り上げ漁港跡へ。目的地は日和山富士主姫神社。ここは閖上こうすぐそばのちょっとだけ高い場所にあって、流されてしまった湊神社の宮司さんたちが仮設神社として設営したそうだ。ここから近辺を確認したかった。遥か昔初めて泊まりがけでサイクリングに行った思い出の場所である、名取市サイクルスポーツセンターまではどうも行けないようなのでせめて近くまでと言うことで決めた。



以下ひどい文章なので近々書き直そうと思う...
 市内からはしばらくは国道を使って普通に移動していたのだが、仙台バイパスから外れて海に地下ずくにつれて明らかに家の数が減る。それと田畑も塩をかぶったせいか様子が変。塩害ってやつなのだろうかと話しながら徐々に閖上に。そして仙台東武道路あたりまでくるともうおかしい。何がおかしいって家が無い。そして途中墓石が積み上げられていたり、家の基礎というか家と家の間の塀の根っこ部分だけがあったり。人が全くいないので荒野だった。その荒野を過ぎて閖上大橋を渡るともう真っ平ら。もちろんまだ基礎が残ってるところもあるけど、瓦礫撤去でどんどん片付けられた結果、先に見たように家と家を区切っていたであろう塀の根っこしか無いという状況。


上は瓦礫の処理施設。近辺にある施設はこれだけ。週末だけどダンプが出入りしてた。


たぶん墓石だと思うんだけど、一カ所に集められていた。これをどうするかは課題なんだろうな。


日和山富士主姫神社。この二本の柱は神が宿る「神籬(ひもろぎ)」というらしい。ここでは風が冷たく吹き付けまるで真冬のようだった。そして周りを見渡すと本当に何にも無い。そこで浮かんだのは「ヘルシング」の「みんな死んで真っ平らになる」だった。本当に何にも無いの。もちろんが暦処理で片付けた結果だってのは分かるんだ。分かるんだけども、地元の人たちが営々と築いてきたものが一晩経ったら瓦礫の山になり、一年経ったら瓦礫も残っていない。この状況の異常さ。

 今回揺り上げに行くのにあたっては、せいぜい飲み食いして帰るくらいしかできない「野次馬」が行っていいのかとかとか考えた。でも行ってよかった。あの後継は絶対死ぬまで忘れないと思う。正直に言えば気持ち悪い光景。だって生活の痕跡がゼロなんだ。深に山でもなく、道路もあるのに。人と生活が無い。もうちょっとマジで涙が出た。

 そしてここを離れて塩竈に行く道にでようとしたら途中で道路脇に小型の漁船が放置してあったり、一件難を逃れたような家も反対側はベニヤ板でとりあえず大破した部分を覆ってるだけだったり。東京にいるともう復興してきてるんじゃね?と勘違いしてしまいそうになるが、どうしようもない状態がまだあることを見せつけられた。

 あと、現地では家が何軒も新築されていたように思う。あのような惨事があっても同じ場所に生きて死ぬことに決めた方の心中はどうなんだろうなぁ。。。


上の写真はすべて神社から、または神社入り口の写真。


神社の隅には桜が植えられていた。