書くのがだいぶ遅くなったけど、12日にデニス・リッチー氏が亡くなった。享年70歳。長く闘病生活をされていたらしい。先週、Apple社前CEOのスティーブ・ジョブズ氏がやはり病気でお亡くなりになり世間が揺れたが、私としては感慨深いのは断然リッチー氏の方だ。
多分リッチー氏は一般の人にはあんまり有名じゃないとは思う。ジョブズ氏は良くテレビや雑誌で言及されることもあるので知られていただろう。でも、世の中のプログラミングをする人間にとって、「C言語生みの親のひとり」であり「『プログラミング言語C』の著者」であることで記憶にあるに違いない。私も前の職場でCに初めて触れて、コアダンプをげろげろ吐かせるクソソースを書きながら仕事を覚えた。ポインタだのなんだので「うわ、めんどくせぇ」と嘆いたり、異なるアーキテクチャの環境への移植作業でメモリの積み方が違うことを知ったりと色々経験させてくれた。
確かにCは古く、後に出てきた言語のような素晴らしい標準ライブラリ、メモリ管理等々の仕組みはないけど、「CPUのタイプによってメモリの扱いが変わる」「メモリ領域の確保の仕方に気をつけないと別の領域を侵蝕して酷い目に遭う」という、とても低レベルで動作する感じが「あー、俺今コンピュータに命令してるー」という気にさせてくれた。それがとても嬉しくて「俺プログラマーになったぜ!」気分にしてくれたものだ。
そういうわけで感慨が深いニュースだった。でもこれからこういう人がどんどん亡くなっていくんだよな。死ぬからこそ人間だと思うので、それはそれでしょうがないんだけど。ちょっと寂しい。
多分リッチー氏は一般の人にはあんまり有名じゃないとは思う。ジョブズ氏は良くテレビや雑誌で言及されることもあるので知られていただろう。でも、世の中のプログラミングをする人間にとって、「C言語生みの親のひとり」であり「『プログラミング言語C』の著者」であることで記憶にあるに違いない。私も前の職場でCに初めて触れて、コアダンプをげろげろ吐かせるクソソースを書きながら仕事を覚えた。ポインタだのなんだので「うわ、めんどくせぇ」と嘆いたり、異なるアーキテクチャの環境への移植作業でメモリの積み方が違うことを知ったりと色々経験させてくれた。
確かにCは古く、後に出てきた言語のような素晴らしい標準ライブラリ、メモリ管理等々の仕組みはないけど、「CPUのタイプによってメモリの扱いが変わる」「メモリ領域の確保の仕方に気をつけないと別の領域を侵蝕して酷い目に遭う」という、とても低レベルで動作する感じが「あー、俺今コンピュータに命令してるー」という気にさせてくれた。それがとても嬉しくて「俺プログラマーになったぜ!」気分にしてくれたものだ。
そういうわけで感慨が深いニュースだった。でもこれからこういう人がどんどん亡くなっていくんだよな。死ぬからこそ人間だと思うので、それはそれでしょうがないんだけど。ちょっと寂しい。