タイトルに ! をつけても漢字じゃいまいちだな。でもひらがなで しゃちく! とかしてもさらに分け分かんないしな。さて、最近TL上で 社畜 なる言葉を見かけるのでございます。社畜、それは会社に飼われる畜産物のような人間の事でして、Wikipediaさんは下記のように書いてます。

社畜

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、企業に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄したサラリーマンの状態を指し示したものである。「会社+家畜」から来た造語で、揶揄している。会社人間、企業戦士などよりも、批判が強く込められている言葉である。

概説

言葉の考案者は小説家の安土敏(本名・荒井伸也)で、広めたのは評論家の佐高信と言われる。また、佐高は社宅(会社の保有する従業員用住宅)を「家畜小屋」と呼び、その存在を批判している(佐高によれば京セラには社員専用の“社墓”(物故社員慰霊碑ではない)まであるという)。

すばらしい定義。ていか例に出てる京セラはすごすぎるなw さすが宗教と揶揄されるだけあるw

 しかしよくわからんのは2点。まずはなんでそこまで会社にべったりするのか。だってもうそういう事は期待できないってみんな分かってるはずなのに。それに会社なんていつまでもあるものでもないでしょう。ていうか少なくとも中小企業の社員だったらそんな会社に自分を預けるのはやめたらいいと思う。大企業はシラネ。働いた事無いから。

 もう一つは単に「社畜とかいうひとは会社辞めればいいのに」と。なんで一日の大半をすごさにゃならん会社でそんな思いしないといけないのか分かんない。そういう人はすげー会社に期待しているんだろうなと思うんだけど、無理でしょ。代替可能性の高い人材に会社がそこまで気を使わないだろうなと思うんだよね。なので嫌なら出てこうぜ、と。例えば自分は、社長が好きだから今の会社で働いているので、例えば社長が替わったら多分辞める。もちろんマイナーソフトのエンジニアでいい歳だから将来の事に不安はすげーあるけど、そこは技術屋なので学び続けて変化に対応したいと考えてる。巷では「プログラマ35歳定年説」がいわれてたりするけど、そういう事いうやつは死ねと思ってるし、今年36でも普通にPGやってるので、気にしてない。

 んでも、こういう「会社は一つじゃないから」的考えができるのはプログラマとかそういう仕事しているからなのかも。中年でフリーの人とか結構普通に見かけるし。その点では恵まれてるかな。

という事で社畜って言葉で思った事を書きなぐってみた。